絶景
「どうだ、良い眺めだろ?」
彼氏の景吾に連れて来てもらったのはとある渓谷にある老舗温泉宿。最上階の川沿いの部屋で、とても景色が良い。窓を開けるとさらさらと水音が聞こえて、これぞ日本の温泉宿って感じ!
「すごーい! 絶景! 絶景日本旅館ってこれね! これだわ! 想像以上の絶景!
景吾、ありがとう!! どうしてもこのお宿に泊まってみたかったの!」
「ふん、跡部の力をなめるなってんだよ。
それにしても良かったのか?」
「え、あぁ、宿代? ごめんね、半分しか出せなくて!」
「全部俺が出してやっても良かったんだぜ?」
「そんなの悪いよ! ほんとはちゃんと自分で全部出したかったんだよ!」
いくら景吾がお金持ちだからって、恋人に旅行代を全部出してもらうなんて人間として恥ずかしいと思うんだ。で、バイトをがんばってみたけど…
「二泊三日でも充分だと思ってたのに…」
「いいじゃねぇか、四泊五日でも。それともなんだ?」
と顔をしかめてぐっと間合いを詰めてくる。
「この俺様との温泉街滞在は嫌だってのか? アーン?」
「詰め寄られて言われても困ります跡部君」
それでも、やっぱり二人で旅できるのは嬉しい。嬉しい!
「じゃぁ早速温泉入ってこよ~っと! 景吾はどうする?」
女将さんに運んでもらった大きなかばんをごそごそ漁って着替えの準備をしていると、後ろからにゅっと手が出てきた。
「これはいらねぇ」
ぺちっと手を叩かれた。
「え、なんで?! 裸でいろって言うの?!」
「あん? そんなわけねぇだろ。浴衣あつらえてきてやったから、それを着ろ」
「え、下着は?!」
「ばぁーか、浴衣の下には何も着ない方が綺麗なんだよ。屈んだらショーツの線が出るんだよ、みっともねぇ」
やたらとでかくてしっかりした四角いかばんがあると思ったら…浴衣が入ってたんだ~。私にくれた浴衣は山桜色に白い花が散りばめられているかわいいものだった。帯に下駄に巾着まで揃えてある。
「って、あのさ、浴衣なんて何時作ったの?」
そういうと景吾はにやりと笑って、
「ほとんど毎日お前のこと抱いてんだぜ? サイズぐらい判ってんだよ」
って!!
「これは愛されてると喜ぶべきかしら、それともセクハラだと訴えるべきかしら」
「ふん、そんな判りきったことを悩んでんじゃねぇよ」
景吾は私の腰を抱き寄せて…、それから囁くのはもう判ってる。
「俺がお前のこと愛してんだよ、」
気障ったらしい行為だけど、景吾ったら妙に似合ってるのよ! 惚れた欲目かも知れないけどね!
「と、と、とにかくお風呂、じゃなかった、温泉、入ってくるね!」
「あぁ。俺も入りに行くぜ」
景吾も自分の浴衣を持って、私達は一緒に部屋を出た。
大浴場は内風呂と露天風呂が隣接していて、私は迷わず露天風呂に向かった。まだ日は高いが露天風呂というだけでうきうきする。
景吾とは高校のときから付き合っている。景吾の浮気はたまに有るけど男の色気だと思って許してる。もう3年目だけど、こうやって二人で旅行に来てるってことは、うん、やっぱラブラブなんでしょうよ。
夜にもまた入るつもりでいるから、と15分程度であがった。ふとケータイを見ると、新着メールがあった。
『帯が結べなかったら電話しろ』
どうせ私は不器用ですよ。でも電話したら女湯の脱衣所に帯を結びに来るっていうの?
「じゃぁそろそろ行くか」
窓辺で本を読んでいた景吾が、いきなり立ち上がった。
「?」
「今日はこの温泉街の祭だからな。わずかながら花火も上がるぜ」
「祭? 初耳だよ! だから意外と人が多かったんだね!!」
「なんだ、知らなかったのか? だからわざわざ浴衣着せてやったんだよ、アーン?」
「わー、景吾だいすき」
「俺じゃなくて祭りだろ」
うん、そうだけどね!
「楽しみだね! 焼きとうもろこしでしょ! 綿菓子でしょ! 焼き烏賊でしょ! かき氷でしょ!」
そーいうお祭みたいな食べ物が大好きで、思い出すだけでわくわくするの!
「ガキじゃあるまいし…あんまり喰うと腹壊すぞ」
「だ、大丈夫だよ!」
夕闇まであともう少しという時間帯の町並みは情緒が溢れていて、祭を楽しみにしている浴衣姿の子供たちも溢れていた。出店はもう準備万端で、ヨーヨー釣りや金魚すくいにはもう何人かお客がいた。
「すごいねぇ、お祭だねぇ」
「そうだな…そういえば、二人で来るのは初めてか」
「あ、そうだね。高校のときは他のレギュラーの人と一緒だったね」
ふっと2・3年前のことを思い出す。もうすっかり懐かしい思い出だ。
「あれもあんまり大きくねぇ祭だったな」
「そうそう、忍足なんか一つの祭の間に3人ぐらい女の子変わってたよね~」
「あれはやりすぎだ」
くすくすと二人で笑った。二人でこうやって過ごすことが、すごい幸せなことなんだって、大切なことなんだって、気付いたのはつい最近。
「いいね、景吾」
「んん? そうだな…熟年夫婦か?」
「バカ! まだ熟年なんかじゃない!」
「じゃぁ新婚夫婦か。悪くねぇな」
そっと腰に回される手は決していやらしいものではなくて、心地良かった。
花火は都会の大きな花火大会ほど豪勢なものじゃなかったけど、打ち上げのすごく近くで見れた。オーソドックスな花火が多かったけど、舞い散る金の光子がとても綺麗だった。
旅館に帰ると、もう一度湯を浴びた。今度は寝る為の、旅館から支給された浴衣に袖を通す。
「なんだ、今度は俺様の手は必要無ぇみてーだな」
大浴場から帰って来た私に開口一番その言葉。なんだかなぁ…まぁ、景吾らしいんだけどね。
景吾の向かい、縁側にある籐の椅子に腰掛けて、私は窓から外を見た。川の岸の遊歩道の街頭がぼんやりと光っている。
「わー…殺人事件とかありそうだよね」
2時間ドラマの見過ぎだってことは判ってるけど、温泉、祭の夜ときたら殺人事件が起こったりしそうじゃない?
「月が明るいから今日は不向きだな」
「明るくないと目撃者が出ないよきっと。ドラマだし」
「そんなことより、」
窓の外ばかり見ていた私の顔を、グイと手で動かして、景吾は私に接吻をした。堪らなくなって、そっと唇を開いた。深い侵入は無く、唇の辺りをひらりと舐められただけだった。
「そう急かすなよ」
それから私の頬を両手で挟み、上を向かせる。ほぼ真上に近いところから、景吾は唇を合わせ、ねっとりと舌を絡ませてくる。景吾の唾液が私の中へ伝わってくる。
「なんか…これだけで妊娠しちゃいそう…」
呟いたら、ククッと笑った。
「式場は何処が良いか考えとけ」
すぐにまた口を塞がれる。ぎゅっと抱きしめられて、ちょっと離れたかと思ったら帯をするりと取られた。
「気ぃ早すぎ……」
「お前が急かしたんだろ?」
強く抱きしめられて首筋に唇を這わされた。
「んぁ……」
「…」
ぎっ…と、籐の椅子が軋む音が聞こえた。私の足の間に、景吾の脚が入り込む。浴衣の前をはだけさせられて、冷房の効いた空気が肌を撫でてちょっと冷たかった。
++++++
旅行から帰った次の日の講義。懇意にしている友人が擦り寄ってきた。
「ねぇねぇ、! この間の連休、カレシと旅行だったんだって~? このこのぉ!」
「えっ……う、うん、良い旅館だったよ」
「あそこでしょ! 絶景が自慢の! どうだった?!」
「う、うん、絶景だったよ、いろんな意味で……」
二日目以降はぐったりしていたなど、誰にもいえない。
絶景 = 絶倫景吾 の略
END
旅番組を見るのが好きで、絶景旅館絶景旅館と聞くたびに絶景=絶倫景吾という方程式が頭を過ぎって行くので、文にしてやった。
後悔などしていない!
後悔などしていない!
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