鈍色の庭



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5年間





 5年ぶりに中学の文化祭へ行った。私の所属していたブラスバンドのメンバーも何人も見た。あの頃の些細な感情など忘れたかのように(私は忘れていない)明るく接してくる彼女達が鬱陶しかった。
 私を嫌っていたはずの久保に
「私まだクラリネットやってるんだ」
と明るく言われた時に、酷く冷めた気分になった。その彼女がリードを咥えながら紙コップにシャーペンで落書きをしていた。
「最近小物に絵を描くのがマイブームなんだけど、紙コップにシャーペンじゃぁね~~」
 悔しそうに言う彼女を見て私は少しばかり優越感に浸りながら言ってやった。
「ガラスコップに絵を描くことできるよ」
 この発言は微妙に失敗で(結果的にはよかったんだけど)同級生が何人も集まってきた。
「え~どこでどこで?」
と迫ってくるのは久保。
「詳しくは覚えてないけど、どこかのガラス工房でそーいうのやらせてくれる見学コースがあるらしいよ」
「へ~きれいだろうね」
とそこで話に乗ってきたのが(私には)ゴリラ(に見える)女(で名前は清多真由)だ。私はコイツのことが大嫌いで(見るのも嫌)相手も私のことを嫌っていたはずだ。5年の月日の所為か、文化祭の陽気の所為か、酷くフレンドリーに話しに入ってきた。
「工房の人が作ったのも売ってるから、お土産にするならそっちだね」
「太郎先生が好きそうだよねー。私頑張って作ろうかな~」
 私は、その発言に、ギョッとしてた。今、誰が、好きそうだって言った? まさか…このゴリラ女……まだ……?
「真由、まだ榊先生のこと好きなの? 懲りないわねー」
「何よー! 私が誰を何時まで好きでも別にいいでしょー! プレゼントは押し返さないし、カッコイイし…」
 ゴリラがうっとりしても可愛くない。とは思ったが。
「確かに、榊先生って相変わらず恰好良いよね、さっき遠くから見たけど」
「でしょー」
と私の言葉にゴリラ女が頷く。
「あ、榊先生。お久しぶりです」
「うむ、久保は今から何か吹くのか。全力を尽くせよ」
 丁度後ろを通りかかったらしく、久保が榊先生に挨拶をした。近くから見ても、少し目じりに皺が増えたぐらいで、本当に格好良くて、今年43になったとは思えないほど若々しい。
「お久し振りです榊先生。です」
 ゴリラは中坊の時と変わらずハイテンションになっている。好きな人を前に自分を乱すなんて、相変わらずオコサマで。私は5年で大人の女になったのよ。自分を乱すなんてこと、しないわ。
が文化祭に来るなんて珍しいな。以前は嫌っていたはずだが」
「あぁ、先生、覚えてたんですか? はは、5年も経てば少しは来てみようかと思ったりしますよ」
「そうか」
 私は男子テニス部じゃなかったし音楽の授業も榊先生ではなかったけれど、3年間やっていた委員の、最後の担当教師が榊先生だった。勿論、その前2年間の経験を生かして委員長をやらせていただきましたよ。それで榊先生と親密を図ったのは(その上少しばかり巧くいったのは)誰にも言っていない。
「では私は見回りの続きがあるのでこれで。みんな、文化祭を楽しんでいってくれ」
「はい!」
 返事をしたが上機嫌のゴリラの大声にかき消されて、私の声は先生に届いたかどうか。
 ほのかな香水の香りを残して、先生は去っていった。
「恰好良いって言うか、ダンディーだよね」





「榊先生、こんなところでサボってていいんですか?」
 体育倉庫に入っていく後姿を追って入ると、先生は首元を緩めて缶コーヒーを飲んでいるところだった。
「なんだ、か。サボりというな、自主休憩だ」
「それをサボリって言うんでしょう、先生」
 拒否されていないと感じたから、傍に寄った。先生は口では拒まないけど。近くのマットに座る。先生との間合いは、いや距離は、1mぐらい。
「休憩、職員室で取らなきゃいけないんじゃないですか?」
「あそこに居ても休憩にならん。清多のような奴に振り回されてしまうのでな」
「あはは、相変わらずモテモテですね」
「好意は有り難いが、な…」
 日陰で人気の少ない倉庫の中で、先生が飲み干した缶を置く音だけが、やけに響いた。
「そういえば先生、ステンドグラスのようなガラスコップってしってます?」
「あぁ、清多や久保たちと話していたアレか。テレビで見たことはあるが持っていないな。
 清多が頑張るとか言っていたが…正直言うと、少々勘弁してもらいたいな」
 そういうと、指を二本立てて頬にやる。いつもの仕草を、今日初めて見た気がする。
「5年か……随分と大人になって帰ってきたな」
「…あの頃の私が、幼すぎただけですよ」
 榊先生に大人と言われると、妙にくすぐったい。自分は5年前の気持ちをまだ忘れていないんだと思った。これじゃぁヒトのこと笑えない。
「良い女になった……5年という歳月は少女を女性にするに充分な期間か」
「先生?」
 不審だ。先生の発言が疑わしい。いきなり何を言い出すの?
「…。隣に、来ないか?」
 その言葉に、私は無条件に反応して、立ち上がった。すぐに、先生の隣に腰を下ろした。
 これは期待しても良いの?
「先生…私………」
…」
 先生は、そっと私の肩を抱いた。体中が熱い。血が沸騰するように熱い。肩が熱い。触れている場所から発火しそうに熱い。
「目を閉じて」
 囁かれて、ゾクリとした。ドキドキしてなかなか閉じられない。先生の大きな綺麗な手で目を隠されると、魔法のようにすっと目蓋が閉じた。
 気配を感じて、熱を感じて、吐息を感じて、触れる感触がした。唇から、全て溶けてしまうかと思った。
……」
「榊…先、生……」
 きっとそれは数秒に過ぎなかったであろう接吻の時間が、何時間にも感じられた。力が入らない。その所為にして、先生にもたれかかった。
「せんせ………す、き」
「23も…離れていてもか?」
「5年前から…ずっと」
 ここまできて、もう拒否なんてさせない。
 先生は私をぎゅっと抱きしめて、それから体を離してしまった。
「今晩、空いているか」
「…へ?」
「もういい加減戻らなければまずい。この後、ゆっくりディナーでもどうかな」
 私には諒承以外の返事は無い。
「もちろん、あいてます!」
「そうか、よかった。学生でも気軽に入れるようなカジュアルなところに連れて行ってやろう」
 先生には私がフォーマルな服を持っていないのが御見通しらしくて、そういってくれた。
 待ち合わせの場所を決めて、携帯の番号を交換した。メールはまた後でということだ。
「では失礼だが先に校舎に戻る」
「じゃぁ少ししてから出ますよ、先生」
 職員が勤務時間に体育倉庫から二人で出てくるのは不味いだろうから。すると軽く唇を合わせて、
「次は名前で呼んでくれ…
と囁いて、颯爽と出て行った。

「ずるいよ…こんなの」

 一人赤くなった私は、その後姿を見送った。


END


キーワードは「中学の文化祭」「5年後」「倉庫」「携帯番号交換」です。
今なら「LINE交換」だな。でも榊先生やってなさそうだしいまだに二つ折りのガラケーもってるだろうな。
でもまさか、自分が榊太郎(43)の夢を描くことになるとは思ってもみませんでした。
なんで榊先生は夢に出てきたの~?
ところでこれ、なんとなく結末不明だよ。


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