鈍色の庭



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 獣じみた目が私を捕らえる。



 一定の条件が揃うと、私は雨が降ることを願ってやまない。
「手が止まっているぞ、
 そうね止まっているわ。もうその条件が揃っているのだから。
「明日のテストの為ではないか。ただでさえお前は熱力学が苦手だと日頃から…」
「ねぇ弦一郎。雨、降らないかしら」
 説教を始めた弦一郎の言葉を(わざと)遮ってそう言った。わざと遮ったのを弦一郎は気付いたらしくて、少し黙ってから口を開いた。
「…今日は、一日快晴だと天気予報では言っていた」
 いいから早く勉強に戻れ、とも弦一郎は言った。確かに熱力学は大の苦手だ。何で工学部になんて進学したんだと言うほど、理系の教科は基本的に苦手。
「そこは違う。ΔTは判っているからΔU=CvΔTから内部エネルギーを求めてエンタルピーを出すんだ」
「あー、そう解くのかぁ~。
 ……もーめんどくさい」
 言われた式をノートに書いて、シャーペンを軽く叩き置いた。
「こんな暑い日に部屋の中でベッドを椅子にして勉強だなんて、やってられないわ」
 椅子にしていたベッドの上で、後ろにごろんと倒れる。机は高さの変えられる食卓。
 テストは明日だけれども、勉強なんて、暑くてやる気が出ない。
 寝転んだ私を見下ろした弦一郎の目に、ほんの僅かな光が灯ったのを、私は見逃さなかった。その光は、野生の光。
「弦一郎?」
 くすりと僅かに笑って名前を呼ぶと、弦一郎は慌てて顔をノートに戻した。多分、今の弦一郎の顔は少し赤くなってるんじゃないかしら?
「勉強」
 弦一郎が窘めるようにそう言った。でも、もう無理。雨が降ればいいのにと願ってしまったから。
「まだ明日じゃないわ」
「明日になっていたら手遅れだ」
 灯った火を冷静に私を窘める事で消そうとしたって無駄よ。
「したいの」
 私が酷く欲情してしまったから。
 隣に座っている弦一郎の腰に手を回す。

 もう待てない。
「不能になったわけじゃないでしょ?」
 脚の内側のズボンの縫い目に爪を立ててカリカリと指を這い上がらせて、それからベルトのバックルに手をかけた。
「しよ」
 ちゃんと掠れた声が出たかしら。弦一郎が居て、私と二人きりで、私が弦一郎に欲情して、弦一郎が何処にも行けないように雨が降ることを願ってしまった。酷く暑い。この熱は、弦一郎にしか処理できないの。

 ファスナーを下ろそうとした手を掴まれた。私を見下ろす目は、ギラギラと野生をむき出しにした目だった。
 私の、大好きな目。
「単位を落としても俺の所為ではないからな」
 そうやって律儀に開始の言葉を言う貴方が好き。
「当たり前でしょ」
 強く抱きしめられて、それから唇を合わせる。少し唇を開けば、酷くやわらかく暖かいものが私の口の中に入ってくる。一度離れて、もう一度接吻をして、弦一郎の手は何時の間にか私の服の内側に忍び込んでいて、私の手が弦一郎の背中を掻く様になぞる。私を半裸にすると弦一郎はバサリと自分で上を脱ぐ。

 低い、私を呼ぶ声。背骨の上から下までをゾクゾクと通り過ぎていく。
「げん…ちろ……」
 何度体をあわせても、見られているのはなんとなく恥ずかしい。
「はやく…」
 ねだると弦一郎はすっと目を細めて私の頭に手を伸ばす。頭を捕らえると顔が寄ってきたから目を閉じる。貪るように、私の咥内を舌で犯す。何度も息継ぎをする。
 早く私を抱いて。厳格な貴方が獣のように私を抱く様が好き。


 晴れた空が肩越しに見える。それでも、私と貴方の間には甘い雨が降っているの。


END


雨って、もちろん遣らずの雨だよ。
っていうか、こんなこと考えながらテスト勉強するから単位落とすんだよ。
本当に落としました…下級生に混じってもっかい授業受けましたよ! ははは! これも思い出!


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