台風




 部屋をノックする音が聞こえて、こんな時に信じられないと思いながらは玄関へ向かった。
「どちら様?」
 そう訊くと低い声で「俺だ」と返事が来る。あぁそう…と呆れた感じでは呟くと、玄関を開けた。
「悪いな、
「悪いと思うならどちらかと言うと来てくれない方が嬉しいんですけど」
 扉を開けて入ってきたのはびしょぬれになったクロロだった。その体はまさしく濡れ鼠だ。バスタオルを渡して玄関先で体を拭いてから上がるように指示して、暖かい紅茶を入れる準備をする。
「今日はアールグレイしかないんだけど」
「じゃぁシュガーとミルクをたっぷりお願いしようか」
 お湯が沸いたので、カップやポットに注ぐ。
「で、何で外に居たの? 台風でしょ」
 正午のニュースの時間を終えてもテレビは季節外れの台風の中継ばかりを放送している。
「あぁ、台風が来ていることは知っていたんだが…仕事上、どうしても今朝中にこっちに帰ってこなければならなくてね。車が通行止めになってしまって、仕方なく走ってきたんだ」
「ふぅん…念能力者の仕事って大変なのね」
 はまったく念が使えない一般人であるため、クロロは「団長」などではなくただの念能力者としか見ていない。というか、念能力者をさらに細分して区別しようとしない節がある。口調に気持ちがあまり籠もっていないのを感じて、クロロは苦笑するしかなかった。
 バスタオルを玄関のそばにある洗濯機につっこんで、クロロは上着を脱いだ。
「どこかにかけたいんだけど」
「そのへんにハンガーがあると思うから、自由に使っていいわよ」
 紅茶のいい香りが独身用コンドミニアムにふんわりと広がる。
「クロロ、出来たわよ」
「あぁ、ありがとう」
 テレビとベッドの間に並んで座る。小さな座卓にミルクティーと茶菓子が置かれている。
「外はどんな具合だった?」
 紅茶を一口啜って、が尋ねた。
「雨はまさしく横殴りだし、野良猫なんか必死で地面につかまってたよ。置いてある看板もごろごろと転がってくるしね。こんな台風は久しぶりだ」
「そうなの? 実家じゃざらだったわ」
「あぁ、南の方から来たんだっけ?」
 昼間だというのに電気を点けていても部屋の中はこころなしか薄暗かった。
「雨だけでも嫌なのに、台風なんて最悪だわ。物が飛んできて窓が割れなきゃいいけど」
「ベランダがあるから大丈夫だよ、そんなに心配しなくても」
「そんなもんなの? ふぅん…」
 そう言うとは窓の外…ベランダを興味深そうに眺めていた。
 テレビは相変わらず台風の中継を続けていた。
 不意に、ブツブツっとライトが瞬いた。
「あら。なんかそろそろ停電しそうね」
「じゃぁ真っ暗になる前にミルクティーを飲んでおかないと」
 そういってクロロは残りの一口をぐぃと飲み干した。
、おかわり」
「灯りになるようなものはあったかしら」
 クロロの発言は無視して、狂は本棚を覗き込んだ。アロマ用のキャンドルが二つ三つくらい、電池の残量が定かでない小さな懐中電灯、あとはライターくらいだった。
「大丈夫だよ、俺は夜目も利くし」
「あら、私は大丈夫じゃないもの。停電したらいつ復旧できるかわからないでしょ」
「まだ2時だし充分明るいな」
「……」
「おかわり」
 負けたわ、と苦々しく呟いて、は2杯目の紅茶を用意した。電気ポットから一杯分のお湯をティーポットに入れたところでライトが完全に目を閉じた。
「あら、噂をすればね。停電みたい」
「そうだな…点かないようだ」
「とりあえず紅茶、おかわりできたけど」
 外は思っていたほど暗くないようで、窓から離れなければ物は明確に見える。座卓に置くと、クロロは「じゃぁ遠慮なく」と言って今度は砂糖も加えずに紅茶に口をつけた。
「テレビも黙ると寂しいわね。いくらなんでもこの暗さで本を読むわけにもいかないし…」
 ぼんやりと窓の傍に座って狂が言うと
「俺がいるのに、寂しい?」
とクロロが低い声で聞き返した。
「いや、その、あの」
 やばい、と思っては弁明しようと口を開いたが、目の据わったクロロの前で舌がもつれて巧く喋れない。
 カツン、と早々と空になったカップを降ろした音が響いた。
「クロロ? だから、違くてんん」
 弁明は口を塞がれて、未完で終わった。
「テレビよりもっと悦くさせてやるからな」
 覆いかぶさるようにを抱きしめ、クロロは深い深い接吻をした。ペチャリ、と水音がした。
「んん、ダメよ、お風呂入れないじゃない」
「風呂に入れるようになるまでずっとしてればいいだろ」
 垂れた前髪をかき上げ、ふっとを抱き上げた。降ろされる先は一つ、ベッドしかない。
「例え真っ暗になっても俺だけを感じてれば良いから」
「バカ、気障過ぎる」
「嬉しいくせに」
「うん、嬉しい」
 ちょっと頭を上げて、は自分からクロロに口付けをする。軽い、触れるだけのようなキス。
「これだけ?」
「不満そうに言わないでよ…これだって恥ずかしいんだから……」
「かわいい、
 窓が強い風でがたがたと鳴っている。
「隣に聞こえないだろうから、たっぷり可愛がってやるよ」



 押し殺し損ねた天を衝くような高い泣き声が一際高まったかと思うと、は背を反らし痙攣した。少し遅れて、クロロがより奥を衝いて低く呻く。
「っ……はぁっ……はぁっ……」
 ぐったりと肩で息をするの頬にクロロは優しく接吻をする。
「まだ電気は回復しそうに無いぜ……だから、ほら」
「ちょ…ま…………なんかい、する、つもり」
「音を上げるにはまだ早いって、。まだ停電の真っ最中だ」
 だから、とクロロが今度は口に接吻をしようとしたときだった。

 ぱちぱち…… ブゥン……

「電気、回復したみたい」
 停電前と同じくテレビが台風情報を映し始めた。窓はまだがたがたいっている。
「嘘だろ、まだ3時間も経ってない」
「県庁まで自転車で10分を舐めないで欲しいわ。税金高いのよ。
 とにかく、お風呂入ってくるから!」
 脱兎の如き速さで浴室に向かうと
「おい、待てよ! こんなの認めないからな、こら、くそ、俺も一緒に…!」
 邪魔なテレビの電源を切って、クロロは逃げたを追いかけた。

END



我が家に起こった事を元ネタに。停電と税金のことね。
同じ市内なのにもうちょっと北の方は五日とか六日とか停電してたらしい…恐ろしい…大雨のときもそんなかんじだったらしいし…こういうとき税金って本当に有効活用されてるんだなって感じます。
多分自分が早く回復する側だからだと思うんですけど。


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