湯治場
体が酷く疼く。
雨の日は何時もそう。
今日は約束の日だけれども、
あの人は雨でも来るのかしら。
濃くて甘いココアを手に、私は窓辺に立った。玄関から入ってくればいいのに、いつの間にかあの人は私の部屋の中にいるのだから、きっと窓から入ってきているに違いない。もうすぐ夜が来る。赤味の差さない夕暮れは、面白くも何とも無くて、ただ呆と立っていた。雨はいよいよ酷くなり、ザァザァと音が聞こえてくる。傘を差している姿なんて想像できないが、濡れてくるとも思わない。
私は小さな湯治場の女将だ。というか、私一人でやっている。客は滅多に来ない。ここは湯治場の看板を掲げているわけではないから。母の代はハンター専用だったらしいが、私は金さえもらえれば誰だって良い。目立たないようにしているのは大きな商売が出来るほど湯が無いから。湯は私の念で体を癒す液体へと変化させているものだ。
「。そんな所に立って、ボクを入れさせないつもりだったのかい?」
不意に声がして、私は振り向いた。
「やっぱり雨でも濡れないのね、ヒソカは」
「どういう意味だい、ボクだって傘ぐらい差すさ」
「嘘。あんたのそのヒソカ服に似合う傘があったら教えて欲しいもんだわ」
「ヒソカ服…?」
いいから、とそこで会話を区切り、ココアを置いた。とっくに冷めている。
ルームキーと台拭きと浴衣を手に取ると、私は管理人室である自室からヒソカを追い出すように出た。
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ヒソカは二月に一度の頻度でこの湯治場に来る。値段によって治りが違うこの湯治場へ。値段はだいたい2千万ジェニー前後。一度入れば外傷ならばほとんど治る程度のものだ。怪我をしているのかどうか知らない。聞いたとしてもはぐらかされるのがオチだろう。
ヒソカは何時も二階の北の部屋に泊まる。全部で7室しかないが、客は滅多に来ないから、は何時もその部屋は開けてある。
「風呂に入る前に私を呼んで。今はただの水だから。食事は何時? うちは一応旅館気取りのつもりだから」
台拭きでテーブルを拭く。ほかの客が入ることは無いから、拭き掃除までしない。
「相変わらず客が少ない旅館だねぇ…」
テーブルの傍のチェアに腰掛けて、ヒソカが呟いた。
「今日は老夫婦が泊まってるよ。明後日まで居る。殺さないでね、前金じゃないから」
には老夫婦と言った時にヒソカの興味が失せるのが判ったけれど、変質系は気まぐれだから、と一応釘を刺しておく。
「判っているよ、君の商売の邪魔はしない」
声は判ってない、と言おうかと思ったけれど、止めておいた。
「で、夕飯は?」
「君の好きな時に」
「判った、じゃぁ持ってこないから」
「おやおや、酷い旅館もあったもんだねぇ」
「じゃぁ1時間後ぐらいに持ってくるわよ。老夫婦のついでに作るから」
はいこれ、と鍵を差し出した。腕を掴まれて抱き寄せられ、ヒソカに接吻られた。
「うちにはこんなサービス無いんだけど」
「無粋なことを言う…」
「無粋も何もあるものですか! これから夕飯の支度だから、手、離して」
は手の甲を思い切りつねって手を離させた。ヒソカは痛そうに軽く手を振っている。
「あんた、ホントに湯治が目的かどうか知らないけど、うちで揉め事起こさないでね」
もう捕まらないようにとさっさと離れて、は部屋から出た。
それから約一時間後、は自分も含め4人分の食事を準備し終え、老夫婦の部屋へ食事を運ぶことにした。
「失礼します、夕食をお持ちしました」
この老夫婦は病気がちになってきた体を健康体にするために大枚を叩きながらここに滞在している。大きなコングロマリットの全権を持っている老夫婦だ、金はいくらでもあるのだろう。
「今日でまだ二日目だけれども、ここの料理は本当に美味しいね。食事が美味いなんてどれくらいぶりだろう」
それもそのはず、この二人は来た当初と比べ顔色が随分と良くなった。老人は基礎体力が無いから、ゆっくりと長く湯に浸からせなければならない。その分金も儲かるというわけだが、二階の一番南にあるこの老夫婦の部屋の隣部屋に詰めているボディーガードが金にならないのが面倒くさい。まぁ、食事も出さないで良いので目を瞑っている。
「湯の入れ替えは御食事後に行いますので」
そう言って彼女は部屋を出た。ちなみに念を籠めた湯の効力は持って一日だ。
そのまま食事を載せたワゴンを押して、ヒソカの部屋に向かう。
「失礼します、夕食をお持ちしました」
「どうぞ」
ヒソカはチェアに座って本を読んでいた。
「それ」
「あぁ、勝手に読んでるよv 結構面白いねぇ…」
読んでいる本は、階段の傍に本棚を置いているのだが、そこからいつの間にか無くなっていた本だ。
「何時から読んでるの?」
「………秘密」
どうやら二ヶ月前に盗んで行ったらしい。
「はい、夕飯。一応うちの自慢だから味わって食べな」
はドン、といった感じでテーブルに差し出した。ヒソカはそれを気にするでもなく夕飯を食べ始めた。
「じゃ、私は管理人室に居るから。湯治したいなら電話ででも呼んで」
「湯治じゃなくても呼んでいいかな?」
「旅館の仕事に該当することなら来てあげる」
そう言ってワゴンをガラガラと押しながらは部屋を出て行った。
それからしばらくして老夫婦の部屋に向かった。食事が終わったから下げに来て欲しいというコールを貰ったからだ。ワゴンに食器を載せ、風呂場へ向かう。湯を全部抜いて、東洋風の深い湯船に新しい湯を入れる。2分ほどで湯は溜まる。早く溜めるために巨大な蛇口にしてあるのだ。溜まった湯に両手を浸す。これで念を籠めれば出来上がりである。
それから明日の朝食の時間を聞き、ワゴンを押して出る。
ついでにヒソカの部屋に行った。
コンコン。
軽くノックをすると、やはりどうぞと帰ってきた。
「何?」
「夕食、食べ終わったかな、と思って」
「あぁ、それなら終わってるよ。いや、何時呼ぼうかと考えていたんだ」
「嘘、勝手に取りに来ると思ってたんでしょ?」
「うん、あたり」
まぁその通りなんだけどね、とは呟いて食器を下げる。
「風呂はどうするの?」
「ん? あぁ、そうだね…どうしようか」
「決めてないなら今から準備してもいい? 老人に合わせて私の明日も早いのよ」
そう言うとヒソカはうーん、と少し唸った。
「風呂の準備はいいや。怪我してないし」
「は?」
思わず聞き返した。
「怪我してないの?」
「うん」
「うんって…じゃぁ何のためにうちに来るのよ」
そういって頭を抱えて唸ると、
「に会うためv」
とさらりとヒソカが言った。
「何それ」
「そのままさ」
そういうと今度は腰を強く抱かれた。
「だからこーいうサービスは…」
「サービスじゃなくて本気で誘ってるんだけどな」
ヒソカが笑みを消してに深く接吻た。
「んぁ…だめ、まだ仕事が残ってるから………」
「君は前もそう言ったけど、今度も辞めるつもりないよ」
「お風呂…」
が顔を背けて言うと、頭上からくくっと笑う声が聞こえた。
「一緒に入る?」
「それだけは勘弁して」
即答するとまた笑い声がする。
「つれないなぁ。でも、一緒に入ってもらうよ」
そう言ってその体勢から器用にを抱き上げ、風呂場に向かった。
「なっ! やだって言ってんでしょっ…!」
腕の中で暴れてみるが、ヒソカには効かず、風呂場に到着する。すとん、とを降ろし、はじめに大きな蛇口をひねった。
「逃げない逃げない」
浴室から出ようとしたにヒソカはまた接吻をする。息を継ぐ合間に舌を咥内に入れた。ヒソカが思う存分蹂躙して口を離す時、濡れた音がした。
「…」
何時もの声よりも低い声で囁かれ、は身震いをした。もう一度深い接吻をして、抱きしめあった。
ヒソカの手はスルスルとの服を脱がしてゆく。キスをしている時に服を脱がされるのは、彼に初めて抱かれた時から変わらないことになっていた。
「ヒソカ…」
いつの間にか二人は全裸になっていた。あふれていた湯を止め、シャワーをひねった。体を一度シャワーで流して、湯船に浸かる。
「可愛い…今夜は存分に可愛がってあげるよ」
風呂の中でも充分に戯れた二人は、ベッドの上でも飽きずに戯れる。髪を下ろしたヒソカは少しばかり童顔に見える。
「ヒソカ…ヒソカ……」
最中に何度も名前を呼ぶのはの癖だった。
ヒソカは時折思い出したようにの名を呼んだ。
無意識に嬉しそうに笑うを見てヒソカも笑う。
「ヒソカ…大好き………ヒソカ……ヒソカ……」
呼んで、抱きしめて。
終いにはが先に意識を失うのだった。
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それでもヒソカは大抵次の日の朝には居ない。
宿代は指定口座にしっかり振り込まれている。
また二ヶ月ほど待ちぼうけだ。
それでも二ヵ月後にちゃんと来るのなら、私は構わないんだろうと他人事のように思った。
END
どんなプレイだったのかは、皆さんのご想像にお任せします(`・ω・´)+
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